リュシー・オブラック(Lucie Aubrac)について書かれたこども新聞記事の和訳です。ポートレートシリーズの四人目です。

ホーチミンとリュシー。この写真は、どっちかというとホーチミンが主役ですけど、若いころの写真でクリエイティブ・コモンズのやつが見つからなかったのです。
ホー・チ・ミンとリュシー・オブラック


元記事 → Ils partiront dans l’ivresse 13 janvier 2013

Portrait n° 4 : Lucie Aubrac, professeur et résistante
肖像#4:リュシー・オブラック:先生であり、レジスタンス運動家


あなたの学校の名前は彼女の名がついているかもしれませんね。でもその名前の背後にいったい何が隠されているのか聞いたことがありますか?

1jour1actuは、人物紹介シリーズをお送りしています。皆、歴史に残る人物です。四番目の人物はリュシー・オブラックです。
私の名前
リュシー・ベルナールです。娘時代の名前です。結婚後、リュシー・サミュエルという名になり、次にリュシー・オブラックとなりました。その理由はすぐにお話します。中流のブドウの栽培を生業とする家の出身です。

誕生日
1912年の6月29日、パリで生まれました。父のルイ・ベルナールは庭師として働いていました。私はパリで育ちました。成績がよかったので、初等教育を終えたあとも学業を続けました。まず、先生になるための師範学校の試験に受かりました。しかし、受かったものの、入学はしないことにしました。

ほかの道を選ぶことを希望したのです。独学でバカロレア試験に合格しました。歴史が大好きでしたので、ソルボンヌ大学に登録することを決めました。1938年に歴史と地理の教員資格を得ました。

私の職業
歴史の教師です。まずストラスブールで教え、次にリヨンに行き、エドガー・キネの女子高校で教えました。そのあいだに、レイモンド・サミュエルに出会い、1939年に結婚しました。この結婚は後の私の人生に重要なできごとをもたらしました。

私の好きなこと
歴史が大好きですが、政治にもとても興味があります。大学にいた時、共産党青年団(Jeunesses communistes )で活動しました。私はとても熱心に闘っていました。

1939年に第二次世界大戦が勃発したとき、レジスタンスに参加することを決めました。


私がしたこと
フランスがドイツ軍に占領されていたとき、人々が再び自由になれるように闘いました。レイモンドといっしょに、たくさんの秘密の活動をしました。

私は大きなレジスタンス運動のひとつである、リベラシオン・スュドの立ち上げに参加しました。リヨンで、チラシを作成し、配りました。逮捕されないために、偽名を使いました。レイモンドはフランソワ・バレ、あるいはレイモンド・オブラックと名乗りました。

しかし、それだけでは充分でなかったのです。1943年にレイモンドは組織のほかのメンバーと一緒に逮捕されました。私は友だちと一緒に、ドイツ人の鼻先で彼らの脱走を成功させました。このあいだも、私は教師の仕事を続けていました。

私達は追われていたのでリヨンを出る必要がありました。いろいろな場所で隠れて暮らしたのち、1944年2月8日にロンドンでレジスタンス運動の同士と合流しました。

フランスが解放されたとき、レイモンドと私は最終的にオブラックという名前を使うことを決めました。

私は政治活動を続け、また教職にも戻りました。私の生涯のあいだ、女性の権利や、亡命者のために闘いました。引退後は小学校、中学、高校で自分のレジスタンス運動の経験などを語る講演を続けました。

私は2007年3月14日に亡くなりました。

私の著作
事実を証言するために、私は自伝を書きました。本のタイトルは Ils partiront dans l’ivresse(彼らは陶酔の中を出発するだろう・・・うまく訳せませんが、ivresseは無線で使われていた暗号で、この言葉を聞いたら、その時は、リュシーたちがロンドンに立つのに安全な時であったそうです)です。

この本には戦争中のリヨン時代におきたできごとを書いています。クロード・ベリという映画監督がこの本をもとに1997年に映画を作りました。

私へのオマージュ
戦争後、アメリカでは、私の話が « Lucie to the Rescue » (助けに来たリュシー)というタイトルのマンガになりました。

また、私はレジョン・ドヌール勲章のグランオフィサーというタイトルをもらいました。国で最も栄誉ある勲章です。

私の名前

フランスの50の幼稚園、小学校に私の名前がついています。私はフランスのレジスタンスのシンボルなのです。

きょうの単語 communisme 共産主義
コミュニズムは政治的な教義で、土地、工場、生産したもの、財産などは国のものであり、それがみんなに平等に分配される社会をめざす。

この社会では、個人が同じものを持ち、隣の人と同じ給料をもらう。皆が平等というのが基本。

communismeは「たくさんの物に属している、すべてのものが入手可能」という意味のラテン語«ommunis»が語源です。

※単語メモ
vigneron ブドウ栽培者
concours 選抜試験
voie 進路、道
s'inscrire 登録する
agrégation (中、高等教育)教授資格(試験)
militer (政治、社会的な)活動をする
rédiger 作成する ・・何度も出て調べてるのに覚えられない単語。名詞はrédaction
tract チラシ 
évasion 脱走、逃亡
définitivement 決定的に、最終的に
sans-papiers 身分証明書を持たない不法入国者。時代を考えて亡命者としました。
retraite 引退
ivresse 酔い、酩酊;陶酔、忘我状態


リュシー・オブラック女史とご主人のレイモンド・オブラックはフランスにおけるレジスタンスの英雄です。

この記事を読むとさらっと書いてあるのですが、命がけでレジスタンス運動をしていたはずです。同士がドイツ人に拷問され、殺されたりしています。こういう状況は戦後に生まれた私にはあまり想像できません。

記事にもありましたが、リュシーがご主人とほかの同士を解放させるために行ったことが映画になっています。護送車を襲撃したのです。このとき、彼女は小さな子どもがいて、しかも妊娠中だったそうです。


こちらが映画の予告編
Lucie Aubrac - Bande annonce 1分46秒



ご主人のレイモンドさんは2012年に亡くなりました。
その時のBBCの記事⇒BBC News - French WWII resistance hero Raymond Aubrac dies aged 97


これはレイモンドさんが亡くなる前、96歳のとき、二人の名前のついた中学校が開校されたので、その学校を訪れたときののニュースクリップ
1分50秒



二人とも長生きでした。生命力が強い人達だったのかもしれません。


このポートレートはお正月に特に学校の発展に功績のあった偉人を紹介すると3人とりあげられましたが、広く偉人を紹介するシリーズになったようです。