さきごろ、マリに介入したことでオランド大統領が世界的に認められる人物になったとしている記事を読みました。

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photo by Patrick Peccatte


元記事 → mali : une nouvelle stature pour François Hollande1jour1actu – Les clés de l'actualité junior 4 février 2013

2月2日、フランソワ・オランド氏のトンブクトゥへの訪問は大成功をおさめました。彼のマリに介入する決断は、左派、右派を問わず議員の大多数から賛成されました。またオバマ大統領のような世界の国家元首からも支持されました。このようにしてオランド大統領は歴代のフランスの大統領と同じように、世界的な人物になったのです。以下に説明します。

Mali : une nouvelle stature pour François Hollande
マリ:フランソワ・オランド氏の新しいステイタス


なぜオランド大統領がきょうの話題なのでしょうか?
なぜなら2月2日、大統領がマリを訪れたさい、大歓迎を受けたからです。イスラム軍に勝利したフランス軍をたたえるためにマリを訪れた大統領は、マリの人々から救い主のように迎えられました。

大統領はこの日が彼の政治生命において、最も重要な出来事の一つであったと表明しました。

きょうのできごと
オランド大統領以前の歴代の大統領も、このような状況を迎えたことがあります。ニコラ・サルコジ氏、ジャック・シラク氏、またフランソワ・ミッテラン氏は彼らの演説、訪問、決断により、国際的な人物となりました。

皆、フランスの国境を超えた世界で役割りをはたし歴史的な人物となったのです。

例をいくつかあげます。

2011年 リビアとニコラ・サルコジ大統領
10年前、カダフィ将軍の独裁からリビア国民を守るため、フランス軍はリビアへ出動しました。カダフィ将軍は42年も政権についていました。

カダフィ将軍が失脚すると、フランスの大統領のサルコジ氏はリビアに行き、以下の演説をしました。「あなた方は平和を望み、自由を望み、経済の発展を望んでいます。フランス、英国、ヨーロッパは、いつもあなたたち、リビア国民の味方です。リビア、万歳。」サルコジ大統領はリビア国民の歓喜の前でこう宣言したのです。

2003年 イラクとジャック・シラク大統領
シラク大統領はマリでオランド大統領が体験したような、実際に聴衆を前にすることはありませんでした。しかし、彼の姿勢はフランスの国境を超えたところで、とても高く評価されています。

2003年、アメリカ合衆国がテロリズムを鎮圧するため、イラク戦争を宣言したばかりのときです。フランスは参戦しないことを決めました。

「戦争以外の道がある」と、当時の外務大臣であるドミニク・ド・ヴィルパン氏は国連で演説しました。

この決定は歴代フランス大統領の決断の中でも最も重要なものの一つと考えられており、国外でとても評価されています。

1992年 ボスニアとフランソワ・ミッテラン大統領
1992年、ボスニア・ヘルツェゴヴィナでは紛争が起きていました。大勢の人々がこの南ヨーロッパの小さな地域をめぐって争っていました。この地域の首都であるサラエボは包囲されました。つまり武装した人々によって封鎖されたのです。

ミッテラン大統領はサラエボの開放を要求するためにこの地に向かいました。彼が到着すると民衆は「フランス万歳」「あなたは私達の最後の希望だ」と言って歓迎しました。

ミッテラン大統領は演説で「緊急の人道的支援を」と国際社会に訴えました。

以上の例はフランスの大統領が国際的な争いにおいて、重要な役割りをはたし、歴史に残る人になったまさにその瞬間を示しています。

しかし、そうしたことが争いをやめさせることに成功したわけではありません。マリ訪問のさい、オランド大統領はこのように言いました。「闘いは終わっていません。」「テロリズムを押しとどめ、追い払うことはできましたが、まだ完全に撲滅したわけではないのです。」


■きょうの単語
stature 身長、背丈;人のスケール、器量
「身長」という意味のラテン語 staturaが語源。
« Avoir la stature d’un homme d’État »は「国家元首の器である、ふさわしい」という意味。


☆単語メモ
liesse 歓喜
avoir droit à ~を受ける権利がある
assiéger 包囲する
réclamer (正当な権利として)要求する


☆関連動画
文中にあったDominique de Villepinの歴史的なスピーチのハイライト 1分33秒

全体版はこちら⇒http://youtu.be/RNxU-tN8qNc


きょうの記事は、原文で何箇所か重複した箇所がありました。そのまま訳しましたので、くどく感じられるかもしれません。もしかしたら、推敲しないままアップされたのかもしれません。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナで紛争があった頃、毎日ABCニュースを見てました。今は泣きニュース・キャスターのピーター・ジェニングズ氏がサラエボに行き、子どもたちにインタビューしていたクリップを見たのを今でも覚えています。