講義後半部分の復習。ネタバレしているので、未修の方は読まないでください。

星の王子さま


pp ch25,4

Elle était bonne pour le cœur, comme un cadeau. Lorsque j’étais petit garçon, la lumière de arbre de Noël, la musique de la messe de minuit, la douceur des sourires faisaient ainsi tout le rayonnement du cadeau de Noël que je recevais.

一番最初のelle は井戸の水。この箇所は第十七回の続きで、直前の文の

Elle était née de la marche sous les étoiles, du chant de la poulie, de l’effort de mes bras. の elle と同じ。

二つ目の文は長いので、動詞を核にして訳す。主節の動詞は、faisaient だけだが、sourires や rayonnementなどの、動詞からできた抽象名詞をまた動詞にもどして工夫して訳す。ついでに、長すぎると思ったら、文をわける。

ainsi は前後に因果関係があるマーク。

ちなみに、私の訳は「子どものとき、クリスマスツリーのキラキラ、真夜中のミサの音楽、皆のやさしい笑顔、そういうものが僕のもらうクリスマスプレゼントを輝くようなすばらしい物にしたのと同じだ。」で、まったく、そのような工夫はしなかった。今、ちょっと訳し直してみると、

「子どものとき、クリスマスツリーに明かりが灯り、真夜中にミサの音楽を聞いて、皆の笑顔の中でプレゼントをもらった。だからこそ、もらったクリスマスプレゼントがあのように光り輝いていたのだった。」

ぐらいだろうか。



pp, ch25,5

«Les hommes de chez toi, dit le petit prince, cultivent cinq mille roses dans un même jardin… et ils n’y trouvent pas ce qu’ils cherchent. Ils ne le trouvent pas, répondis-je… Et cependant ce qu’ils cherchent pourrait être trouvé dans une seule rose ou un peu d’eau…- Bien sûr,» répondis-je.

この箇所のポイントは、王子さまの言葉のce qu’ils cherchent pourrait être trouvé の条件法。「探しているものは、見つかるのに(でも実際は見つけていない)」という気持ち。条件の部分を、たとえば「自分にとって大事な1本のバラ、ほんの少しの水の中をさがせば」というふうに訳すこともできる。 この条件法は一応訳せた。



pp, ch25,6

Et le petit prince ajouta:«Mais les yeux sont aveugles. Il faut chercher avec le cœur.» J’avais bu. Je respirais bien. Le sable, au lever du jour, est couleur de miel. J’étais heureux aussi de cette couleur de miel. Pourquoi fallait-il que j’eusse de la peine.

大過去 → 半過去の流れは何度もやったので大丈夫だった。が、主観表現(étais heureux)のあとの原因(couleur de miel)は忘れていて、「はちみつの色のように幸せだった」と意味不明な訳をしてしまったが、先生の訳は「この色にも幸せを感じる」つまり、この色を見て、幸せな気分になったということ。

couleur de miel はちみつ色。

「de+無冠詞の名詞」 はその名詞が形容詞のように機能

これは知らなかったので覚えておこう。

最後の文は、自由間接話法で、Je pensais が省略されていると考える。なぜつらい思いをする必要があるのだろうか(いや、そんなことはない)。と飛行士がそのときそう思っているように訳す。そうすることでこれからおこる悲劇と今の飛行士の幸せな気分とコントラストをつけているとのこと。なるほど。つまり、ちょっとドンデン返しな結末ってことなんだろうか。

そう考えたほうが、話はおもしろいかもしれない。でもここは、自由間接話法じゃなくて、いまはとっても幸せな気持ちだ、これが本来あるべき姿だ、こんなことなら、今まで苦労することなんて何もなかったのではないか、とも訳せるような気もする。つまり、これまで、いろいろ生きづらかったけど、人生はもっと自由で幸せなものなんだよ、ということがここで飛行士にわかったというか。でもそう考えると、このあとおこる悲劇が、人生を肯定する部分を否定してしまうからだめかな。ちなみに、ここは接続法半過去。



この回のところは、単語はそれほど難しくなかった。



最後に、池澤夏樹訳を確認しておいた。

だから何か贈り物のように心に利くのだ。ぼくがまだ小さい子どもだったころ、きらきら光るクリスマス・ツリーや、真夜中のミサの音楽、にこにこしているみんなの優しい顔などがあってはじめて、ぼくがもらうクリスマス・プレゼントが輝いたのと同じ。

「きみのところの人たちは」と王子さまは言った、「たった1つの庭で5000本のバラを育てている・・・・それでも自分たちが探しているものを見つけられない・・・・」

「そうなんだよ」と僕は答えた。

「みんなが探しているものはたった1本のバラやほんの少しの水の中に見つかるのに・・・・」

「そのとおりだ」とぼくは言った。

王子さまはこう付け足した----

「目には見えないんだ。心で探さないとだめなのさ」

ぼくは水を飲んだ。呼吸が楽になった。日の出を迎えて、砂は蜂蜜の色に染まっていた。蜂蜜の色のおかげでぼくは幸福な気持ちになった。それならばなぜぼくは辛かったのだろう。




クリスマスプレゼントのところは説明っぽい原文に忠実な訳。王子さまと飛行士の言葉のやりとりの配置(というのかな?)は自然だな、と思ったら、「見つけられないね」というところを「そのとおりだ」と訳している。なるほど。

砂が「蜂蜜の色に染まっていた」というのは文学的できれい。そして、最後の一文は自由間接話法として訳してはいない。今の時点から見た過去になっている。これだと、この時、幸せだったけど、辛くもあったというふうにとれる。幸せすぎてこわいってやつだろうか。これはこれで悲劇的な結末を暗示しているとも思える。


・・・・・2012年3月30日に書いた記事です・・・・・




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